mono-logue

2014年11月 4日 09:04

 

第27回東京国際映画祭草紙 その1

文/関口裕子

東京から映画祭が消えたなら

bighero6.jpg東京国際映画祭オープニングパーティで開催を祝う『ベイマックス』組
 東京国際映画祭東京フィルメックスと続く秋は、東京の映画祭シーズン。と思っているのは映画業界で働くものばかりで、レッドカーペットやクロージングこそエンタメニュースにアップされるものの、一般的な浸透度はいまひとつ。イベントにあふれる東京にとっては映画祭も特別なことではなく、ひとつの日常なのだろう。

 "喜び"の作用点は、ものごとが日常化していくことで高まっていく。「ケーキ買ってきたぞ」「お腹いっぱいだからいらなーい」。かつては「わー!」の歓声必至の存在であったケーキが、日常的な食べ物と化し、見向きもされなくなったのと同じ。欲したものが容易く手に入るのは、まあ悪いことじゃない。手に入らなかった時代を想像させようとするなんてのはナンセンス(この先そんな時代になるかもしれないが)。本気で喜びの声を聞きたいのなら、"ケーキ"などという総称ではなく、ピエール・エルメ、エーグルドゥース、キルフェボンなど個性と質で攻めろ! ということになる。

 長い。長いヴァース。映画も同様。爆発的ヒットを狙うブロックバスター映画は別として、その個性と質を欲する人向けのキュレーションを経て届けられれば、喜びの声はあがるわけです。映画祭とは、そんなケーキの箱。箱で中のケーキの傾向が分かれば、まず大きく自分の好みかどうか判断できるのですが、個性を前面に出さない東京国際映画祭という箱はすごく判断しにくい。でも箱としては話題になりづらいけど、訪れてみると特集や個々の映画へはちゃんと嗅覚を持ったファンたちがたどり着いており、ほぼ満席。

 東京フィルメックスが「独創的な作品をアジアを中心とした世界から集めた、国際映画祭」で「より進化した豊かな映画文化を迎えるために、できることは何かを考え、"あるべき映画祭"をめざす」と主張を掲げるのに対し、東京国際映画祭は「最も熱気溢れるアジア映画の最大の拠点である東京に、世界中から優れた映画が集まり、国内外の映画人、映画ファンが新たな才能とその感動に出会い、交流する場を提供する」と能動的な映画と映画人への場の提供を掲げる。東京国際映画祭とは、ホールディングス的にたくさんの小さい映画祭をまとめた存在なのだと思う次第。そう思うと記者発表での内容が株主総会的なのも納得というもの。箱としての色が出にくいのもむべなるかな。

 さて、さて。それはそうとしても、様々なものを見せ、感じさせ、聴かせてくれる映画と、それを届けてくれる映画祭。アジア映画好きのアヴァンティ・プラスは、特に、「CROSSCUT ASIA #01魅惑のタイ」「アジアの未来」部門を楽しみました。

 どこに注目したのか? なにに惹きつけられたのか? 面白さのポイント、徐々にアップしていきたいと思います。......きっと、これ一本で終わりにはならないはず。