mono-logue

2013年12月 2日 00:27

 

プロデューサー、ちょっとロスまで来てみました。その4

文/三宅はるえ

Acting Studio:エンタメを学ぶ方法

Acting_Challenge_001.jpgメソッドを学ぶアクティングスタジオ(イメージ)
 先輩のスタッフから連載読んでるよ~、と言われ、恥ずかしさでひきつった顔を見せている今日この頃......、前回のオーディションからのつながりで、アクティングについて書いてみようと思います。

 お世話になったキャスティングディレクターの元で手伝っているうちに、オーディションに来る俳優陣のほとんどが一定以上のスキルをもっていることに気づき、ロスのアクティングスタジオでは何を教えてくれるのだろう、と気になり始めた。私は俳優ではないけれど、演者側のことを知るのも良い勉強になるかも!とリサーチし始めると、膨大なアクティングスタジオの数。その中から口コミや知り合いのアドバイスを参考に、いくつかのアクティングスタジオを聴講することにした。

 スタジオによって、そしてレベル分けされたクラスによって内容も様々。発声やアニマルエクササイズにはじまり即興演技やシーンスタディなどなど。先生によってメソッド(演技論)も様々なので、一カ所に限定せずいろんなスタジオを試している俳優が多く、オーディション用のレッスンはここ、会話劇はあっち、と今自分が必要としている用途によって使い分けている俳優陣もいた。

 聴講した中でも俳優たちをじっくり見て裏側の話も聞けたのが、シーンスタディのクラス。先生がクラスの中から二人ずつのパートナーを決め、その二人に合う戯曲やシナリオを提案する。このパートナー組みは演技レベルの上手下手ではなく、その二人が組んだらどんな化学反応が生まれるか、ということを意識するのだという。それから一カ月、その二人はコミュニケーションをとり続け、例えば週1回クラスがあるとしたら、残りの6日間、あーでもないこーでもないとアイデアを出し合う。スタジオで、カフェで、お金がなければそれぞれの部屋で。週一回のクラスよりもその裏にある時間が芝居と人間関係を深めていく。そして一カ月後、装飾品や小道具も自分たちのイメージで用意した舞台を、クラスメイトたちの前で発表し先生からアドバイスをもらう。

 その発表をみていて意識させられたのが国民性の違い。日本だと、もう少し表現していこう......、という足す必要を感じる演技を目にすることがあるけれど、アメリカ(少なくとも私の見たいくつかの場)では、わわわ、感情放出しすぎ! というか引き算の芝居を必要とする機会が多く、演技一つにも国民性があるのね、と妙に納得してしまった。日本で目にする外国作品は、完成され、さらにセレクトされたものばかりなので、俳優陣の未完成な状態を見られたのは、新鮮だし、なぜだかホッとした。

 生徒の世代も若い学生から白髪のご老人まで様々。実際見学させてもらったクラスで、とても印象に残る年配俳優さんがいたので、終了後に話しかけてみたところ、某有名TVシリーズに出演中の俳優さんだった。50才になっても一つの作品が終わったらアクティングスタジオでブラッシュアップして、また次の作品に向かうという。何十年と経験を積んでも、ブラッシュアップをかかさない姿勢、その意識を生んでいるのはやはり熾烈な競争社会なのだと思う。

 ロスで聞かれたことがある。日本の俳優さんたちはどこで演技を勉強するの? 事務所がスクールをもっていたり、ワークショップに参加したり。でも現場で学んでいく俳優たちも多いです。と答える私。あら、ギャランティもらって勉強するの? 演技論も知らずに現場に来るの? ううっ......!

 私自身、実務で学んだことが多いので否定はしない。けれど、日本には絶対数としてエンタメ業を学べる場が少ないのだと思う。翻訳されている関連本も限られる。俳優にしろ、スタッフにしろ、様々なエンターテインメントに関わる世界共通の(ここ大事!)技術を身につけられる場が増えれば、レベルアップにもなるし、興味をもつ層も広がっていくんだろうなぁなどと若年寄のようなことを考えたりするのです......。

続く。