mono-logue

2012年6月11日 23:54

 

軽やかな喜劇「三谷版『桜の園』」を支える重厚な世界

文/河西隆之
sakura250_04.jpgトロフィーモフ役の藤井隆(左)とアーニャ役の大和田美帆
 「喜劇作家である僕みたいな人間こそが『桜の園』を本来のコメディとして作るべきなんじゃないか」。8日(金)に行われた「三谷版『桜の園』」公開舞台稽古の際、翻案、演出を務める三谷幸喜はこう宣言した。「(アントン・)チェーホフってロシアの文豪みたいなイメージが強いですが、実際のところ『桜の園』には四幕の喜劇って書いてあるんですね。だからチェーホフはコメディとして作っているし、読むと笑えるところがたくさんあるんです」。

 三谷は本作で初めて翻訳ものの演出に挑む。使用した戯曲は、小野理子訳の『桜の園』(岩波文庫)。小野は同著の解説において、「せりふのやりとりの面白さ......(略)......を、どうにかしてそれらしいリズムのある日本語にうつすことはできないか」と考え、数ある名訳が存在するなか、『桜の園』の翻訳を手がけたと記している。チェーホフが本来意図していた喜劇的要素、"基調をなすほろ苦いユーモア"(同解説より)を日本語に活かした戯曲を取り上げたところにも、三谷の徹底した"喜劇「桜の園」"への取り組みが垣間見れる。

 本公演は合言葉に"これがチェーホフ? これぞチェーホフ!"と掲げるように、従来のイメージとは異なる『桜の園』の世界観を提示してくれる。キャスト陣もそのひとつ。「とにかく新しいチェーホフをやりたかったので、あまりチェーホフのイメージのない人、できるだけ遠くにいる人を呼び集めた」と三谷が説明する通り、新鮮な顔ぶれとなった。特にお笑い芸人である藤井隆、青木さやかの参加は合言葉"これがチェーホフ?"を象徴するかのような配役だ。しかし、これが絶妙な結果を生み出した。藤井が演じる"永遠の大学生"トロフィーモフは、知識人として来るべき新しい時代への理想を掲げつつも、その薄い頭髪や老けた容貌、恋愛に奥手である点を女地主ラネーフスカヤに指摘される。ややもすれば惨めな役どころだが、お笑い芸人ならでは身のこなしで軽くあしらい喜劇へと転じている。家庭教師シャルロッタを演じる青木も同様だ。劇中自らの出自を嘆き熱弁を振るうのだが、熱くなればなるほど空回りして、そこにおかしみが生じてしまう。青木ならではの演技とでもいえようか。

 ラネーフスカヤ役の浅丘ルリ子が、「『桜の園』って聞くと重たらしく感じる人が多いと思うんですが、とても軽やかで楽しい」と形容するように、確かに「三谷版『桜の園』」は、誰もが楽しめるライトな喜劇として仕上がっている。しかし一方で、これらを支える舞台セットや照明は非常に重厚だ。

 戯曲『桜の園』では、第一幕は子ども部屋、第二幕は野原、第三幕は客間、そして第四幕は再び子ども部屋と舞台が変わるが、三谷版では四幕を通じてすべて子ども部屋を舞台にしている。上手から中央にかけて天井まで届くかと思われる大きな窓を設置。下手には廊下に通じる両開きドアを配置した舞台になっている。

 「三谷版『桜の園』」では、この大窓や両開きのドアから差し込む明かりを効果的に用いている。ラネーフスカヤが帰国し、子ども部屋に入りこむ際の深夜の凍てついた漆黒、トロフィーモフが挨拶に駆けつけた明け方の澄んだ光、トロフィーモフとアーニャが明日を語らう夕暮れの橙などが時間や心情を雄弁に語るように大窓から差し込むのだ。一方、両開きのドアからは、競売の顛末に耳を傾けるラネーフスカヤに落ちる廊下の明かりに加え、トロフィーモフが転げ落ちる音やパーティーで楽団が奏でる演奏なども漏れ聞こえており、"向こう側の世界"を巧みに喚起させてくれる。

 一部の演劇ファンだけが喜ぶイメージを持つチェーホフ作品に一石を投じ、「本当はみんなが楽しめる喜劇」(三谷)に仕上げた「三谷版『桜の園』」。軽やかで楽しい喜劇を楽しむとともに、その世界が吹き飛ばされぬように土台を堅固に構築する舞台や照明、音楽にも、目を耳を奪われた。ぜひご覧になる際には喜劇『桜の園』を包み込む世界を丸ごと楽しんでほしい。

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三谷版『桜の園』
作:アントン・チェーホフ 翻案・演出:三谷幸喜
出演:浅丘ルリ子、市川しんぺー、神野三鈴、大和田美帆、藤井隆、青木さやか、
瀬戸カトリーヌ、高木歩、迫田孝也、阿南健治、藤木隆、江幡高志
東京公演:2012年6月9日(土)~7月8日(日) パルコ劇場
※大阪、神奈川公演あり

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